
アテネとは
古代ギリシアのポリスの中でも、スパルタと並び、大きな影響力を持ちました。
アテナイと表記されることもあります。
アテネ史①キュロンの反乱
紀元前632年、キュロンの反乱が起こりました。
これは、キュロンという貴族が、僭主(簡単に言えば独裁者)を目指して反乱を起こした事件です。
反乱はアテナイ市民によって鎮圧されました。
貴族の行動を、一般市民が阻止した点は注目に値します。
アテネ史②ドラコンの立法
紀元前621年、ドラコンの立法が行われました。
これにより、文章化された法律が制定され、貴族による不平等な裁判の改善が目指されました。
アテネ史③ソロンの改革
紀元前594年、ソロンの改革が行われました。
この改革では、「債務の帳消し」と「財産政治(ティモクラティア)の確立」が行われました。
「債務の帳消し」により、没落した農民が救われ、債務が原因で奴隷となっていた人々が解放されます。これによって国力の低下が阻止されました。
「財産政治の確立」により、経済力に応じた参政権が与えらるようになり、アテナイは少し民主政に近づきました。
アテネ史④ペイシストラトスの僭主政
紀元前561年~紀元前527年、ペイシストラトスが僭主となりました。
僭主とは、簡単に言えば独裁者のことです。
ただ僭主とは言え、ペイシストラトスは法を守りながら穏やかな政治を行いました。
ぺイシストラスは、中小農民の育成や商工業の活性化によって国力を高めたほか、祭典をより活発にしました。
アテネ史⑤クレイステネスの改革
紀元前508年、クレイステネスの改革が行われました。
この改革では、従来の4部族制が廃止され、新たに10部族に再編されました。
これは、従来の貴族と平民の上下関係を断ち切る効果がありました。
この改革によって、身分や経済力に関係なく、アテナイ市民が平等に政治に参加できるようになりました。
アテネ史⑥ペルシア戦争
紀元前500年~紀元前449年、ペルシア戦争が発生しました。
この戦争では、ギリシャとアケメネス朝ペルシアが戦いました。
最終的には、アテネの活躍によってギリシアが勝利しました。
この戦争をきっかけに、アテネは影響力を強め、デロス同盟(アテネを中心とする同盟)も結成されました。
アテネ史⑦エフィアルテスの改革
紀元前462年、エフィアルテスの改革が行われました。
これはペルシア戦争中の出来事です。
この改革により、貴族の政治的な権限が民会などに移行され、アテネはより民主主義的になりました。
アテネ史⑧ペリクレスの治世
紀元前5世紀半ば~紀元前429年、ペリクレスが権力を握りました。
ペリクレスは、アテネの民主政を完成させ、最盛期を築きました。
アテネ史⑨ペロポネソス戦争
紀元前431年~紀元前404年、ペロポネソス戦争が発生しました。
この戦争では、デロス同盟(アテネを中心とする同盟)とペロポネソス同盟(スパルタを中心とする同盟)が戦いました。
この戦争で敗北したアテネは、衰退していきます。
アテネ史⑩カイロネイアの戦い
紀元前338年、カイロネイアの戦いが発生しました。
これは、アテネなどのギリシア勢力とマケドニア王国との戦いです。
この戦いでギリシアは敗北し、アテネは歴史の中心から消えていきます。
マケドニア王国へ
カイロネイアの戦いの後、アテネは存在感を失い、マケドニア王国が台頭していきます。


参考文献
桜井万里子・本村凌二『世界の歴史5ギリシアとローマ』中央公論社,1997.
桜井万里子編『新版世界各国史17 ギリシア史』山川出版社,2005.
木村靖二・岸本美緒・小松久男編『詳説世界史研究』山川出版社,2017.
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