古代ギリシャの「スパルタ」をわかりやすく解説

目次

スパルタとは

スパルタとは、古代ギリシアポリスの一つです。

紀元前750年頃に成立しました。

数少ない王政のポリスで、陸軍が強力でした。

古代ギリシアのポリスの中でも、アテネと並び、大きな影響力を持ちました。

スパルタの特徴①三身分

スパルタの構成員は、スパルティアタイ(一般市民)、ペリオイコイ(周辺住民)、ヘイロータイ(奴隷身分)の3つに分類されます。

奴隷身分のヘイロータイが圧倒的多数派であったため、ヘイロータイの反乱を予防する仕組みづくりが必要でした。

スパルタの特徴②リュクルゴス制度

リュクルゴス制は、優秀な軍人を育てるための制度です。

この制度により、生まれた時点で貧弱だと判断された子供は殺害され、生き残った子供は7歳になると集団生活と軍事訓練が強制されました。

リュクルゴス制の影響から、スパルタは軍事に偏っており、文化や芸術がほとんど育たず、経済も停滞していました。

スパルタ史①ペロポネソス同盟の結成

紀元前6世紀、ペロポネソス同盟が結成されます。

これは、ペロポネソス半島のポリスによる同盟です。

スパルタは、当時のギリシアで最強のポリスと考えられ、この同盟の中心でした。

スパルタ史②ペルシア戦争

紀元前500年~紀元前449年、ペルシア戦争が発生しました。

これは、ギリシャとアケメネス朝ペルシアの戦争です。

この戦争でギリシアは勝利しましたが、スパルタは活躍できませんでした。

また、ペルシア戦争をきっかけにアテネが台頭していきます。

スパルタ史③ペロポネソス戦争

紀元前431年~紀元前404年、ペロポネソス戦争が発生しました。

これは、デロス同盟(アテネを中心とする同盟)とペロポネソス同盟(スパルタを中心とする同盟)の戦争です。

この戦争でスパルタは勝利し、アテネは衰退していきます。

スパルタ史④コリントス戦争

紀元前395年~紀元前386年、コリントス戦争が発生します。

ペルシアを攻撃しようとするスパルタに対して、テーベ・アテネ・コリントス・アルゴスが仕掛けた戦争です。

スパルタは打撃を受けつつも、ペルシアとの和約(アンタルキダスの和約)によって何とか戦争を治めました。

スパルタ史⑤レウクトラの戦い

紀元前371年、レウクトラの戦いが発生しました。

これは、スパルタとテーベの戦争です。

この戦いでスパルタは敗北し、領土を失い、リュクルゴス体制が崩壊していきます。

これにより、スパルタは弱体化していきます。

マケドニア王国へ

レウクトラの戦いの後、スパルタは独立を維持するも、影響力は大きく低下していきます。

そんな中、紀元前4世紀後半頃からマケドニア王国が台頭していきます。



参考文献
桜井万里子・本村凌二『世界の歴史5ギリシアとローマ』中央公論社,1997.
桜井万里子編『新版世界各国史17 ギリシア史』山川出版社,2005.
木村靖二・岸本美緒・小松久男編『詳説世界史研究』山川出版社,2017.
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