「プトレマイオス朝エジプト」をわかりやすく解説

目次

プトレマイオス朝エジプトとは

プトレマイオス朝エジプトとは、ヘレニズム時代において、エジプトを支配した王朝です。

時期としては、紀元前305年~紀元前30年まで存続しました。

背景:ヘレニズム時代

プトレマイオス朝エジプトは、ヘレニズム時代の争いの結果、成立した王朝です。

プトレマイオス朝エジプト史①プトレマイオス1世ソテル

プトレマイオス1世ソテルは、紀元前305年~紀元前285年の王です。

マケドニア王国のアレクサンドロス3世の死後、後継者争いで勝ち残り、プトレマイオス朝を成立させました。

プトレマイオス朝エジプト史②プトレマイオス2世フィラデルフォス

プトレマイオス2世フィラデルフォスは、紀元前283年~246年の王です。

セレウコス朝シリアから領土を奪いました。

プトレマイオス朝エジプト史③プトレマイオス3世エウエルゲテス

プトレマイオス3世エウエルゲテスは、紀元前246年~紀元前221年の王です。

セレウコス朝シリアと講和条約を結びました。

プトレマイオス3世の死後、プトレマイオス朝エジプトは衰退に向かっていきます。

プトレマイオス朝エジプト史④クレオパトラ7世

クレオパトラ7世は、紀元前51年~紀元前30年まで権力を握りました。

衰退しているプトレマイオス朝エジプトの再興を目指しました。

ローマの権力者であるカエサルアントニウスと協力関係になったことでも知られます。

しかし紀元前30年、ローマのオクタウィアヌスの攻撃を受け、最終的にクレオパトラは自殺します。

これにより、プトレマイオス朝は滅亡しました。

古代ローマへ

プトレマイオス朝エジプトは滅亡し、古代ローマの支配下となりました。



参考文献
河合望『古代エジプト全史』雄山閣,2021.
小林登志子『古代メソポタミア全史』中央公論新社,2020.
小川英雄・山本由美子『世界の歴史4オリエント世界の発展』中央公論社,1997.
木村靖二・岸本美緒・小松久男編『詳説世界史研究』山川出版社,2017.
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