「ロシアの歴史」14記事まとめ
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目次
キプチャク・ハン国とは
キプチャク・ハン国とは、南ロシアを支配したモンゴル人の国家です。
時期としては、1243年~1502年まで存続しました。
ジョチ・ウルスとも呼ばれます。
前史:キエフ大公国
キプチャク・ハン国の成立前、キエフ公国がロシアを支配していました。
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背景:モンゴル帝国
キプチャク・ハン国は、モンゴル帝国の一部を構成する国家です。
「モンゴル帝国」をわかりやすく解説
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キプチャク・ハン国史①バトゥ
バトゥは、1227年~1256年の権力者です。
バトゥはチンギスの孫です。
南ロシア方面に遠征を行い、1243年にキプチャク・ハン国を創設しました。
キプチャク・ハン国史②ベルケ
ベルケは、1257年~1266年のハンです。
ベルケはバトゥの弟です。
イスラームへ改宗し、後のマムルーク朝との協力関係に繋げました。
キプチャク・ハン国史③ウズベク
ウズベクは、1313年~1341年のハンです。
イスラームの普及を目指し、場合によっては武力によって改宗を迫りました。
ウズベクの死後、キプチャク・ハン国の衰退が始まります。
モスクワ大公国による併合
1359年、ベルディ・ベクの死亡によってバトゥの家系が断絶し、キプチャク・ハン国の統一が崩れていきます。
そして1502年、ついにキプチャク・ハン国は滅亡します。
その後キプチャク・ハン国の領土は、イヴァン4世によってモスクワ大公国に併合されます。
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参考文献
ドーソン『モンゴル帝国史 6』佐口透訳注,平凡社,1979.
杉山正明『モンゴル帝国の興亡 上 軍事拡大の時代』講談社,1996.
杉山正明『モンゴル帝国の興亡 下 世界経営の時代』講談社,1996.
杉山正明・北川誠一『世界の歴史9 大モンゴルの時代』中央公論社,1997.
木村靖二・岸本美緒・小松久男編『詳説世界史研究』山川出版社,2017.
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