「アウクスブルク同盟戦争」をわかりやすく解説

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アウクスブルク同盟戦争とは

アウクスブルク同盟戦争とは、フランスとアウクスブルク同盟(神聖ローマ帝国・オランダ・スペイン・ドイツ諸侯など)の対立を中心とする戦争です。

時期としては、1688年~1697年です。

別名、プファルツ戦争やファルツ戦争と呼ばれています。

最終的に、フランスが敗北しました。

アウクスブルク同盟戦争史①アウクスブルク同盟の結成

17世紀後半、フランスのルイ14世は、以前に結んだ条約の曖昧さを利用し、少しずつ領土を拡大していきます。

1686年、フランスの動きに対して、神聖ローマ帝国・スペイン・ドイツ諸侯・オランダなどは、アウクスブルク同盟を結成して対抗します。

アウクスブルク同盟戦争史②開戦

1688年、フランスはアウクスブルク同盟に戦争を仕掛けます。

さらに1688年末、名誉革命が起こった結果、イギリスもアウクスブルク同盟側に味方します。

アウクスブルク同盟戦争史③ライスワイクの和約

1697年、ライスワイクの和約が結ばれ、戦争は終わります。

結果はフランスの敗北でした。

この条約により、フランスは領土の返還などを行いました。



参考文献
柴田三千雄・樺山紘一・福井憲彦『世界歴史大系 フランス史2 16世紀~19世紀なかば』山川出版社,1996.
木村靖二・岸本美緒・小松久男編『詳説世界史研究』山川出版社,2017.
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